京都地方裁判所 昭和59年(行ウ)17号 判決 1986年8月08日
原告 進工業株式会社
被告 下京税務署長
主文
一 被告が、原告の昭和五五年四月一日から昭和五六年三月三一日までの事業年度の法人税について、昭和五七年一二月二七日付けでした更生処分及び過少申告加算税決定処分(昭和六〇年四月一六日付けの更正処分、過少申告加算税決定処分により減額されたのちのもの)のうち、所得金額四億九五五五万一五一九円を超える部分を取消す。
二 被告が、昭和五六年一二月分の源泉所得税について、昭和五八年四月三〇日付けでした納税告知処分のうち税額四万一一〇〇円を超える部分、及び不納付加算税決定処分を取消す。
三 原告のその余の請求を棄却する。
四 訴訟費用は一〇分し、その九を原告の、その一を被告の負担とする。
事実
第一原告の求める判決
一 被告が、原告の昭和五四年四月一日から昭和五五年三月三一日までの事業年度の法人税について、昭和五七年一二月二七日付けでした更正処分及び過少申告加算税決定処分(国税不服審判所長の裁決により一部取消されたのちのもの)のうち、所得金額三億一〇二七万七三一六円を超える部分を取消す。
二 被告が、原告の昭和五五年四月一日から昭和五六年三月三一日までの事業年度の法人税について、昭和五七年一二月二七日付けでした更正処分及び過少申告加算税決定処分(被告の昭和六〇年四月一六日付け更正処分及び過少申告加算税決定処分により減額されたのちのもの)のうち、所得金額四億九一一一万二七二五円を超える部分を取消す。
三 被告が、原告の昭和五五年三月分から昭和五七年一〇月分までの源泉所得税について、昭和五八年四月三〇日付けでした納税告知処分及び不納付加算税決定処分のうち、別表2の内金額を超える部分を取消す。
四 訴訟費用は被告の負担とする。
第二被告の求める判決
一 原告の請求を棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
第三原告の請求原因
一 税務手続
1 原告は電子部品の製造等を業とする会社である。
2 原告は、法定申告期限までに、被告に対し、昭和五四年四月一日から昭和五五年三月三一日までの事業年度(以下で一六期という)の所得金額を三億〇九五九万四七六六円、納付すべき税額を九四七三万二三〇〇円、昭和五五年四月一日から昭和五六年三月三一日までの事業年度(以下で一七期という)の所得金額を四億五九九一万九六六八円、納付すべき税額を一億六五一六万一八〇〇円とする青色の法人税確定申告書を提出した。
3 被告は、原告の一六期、一七期の法人税について、昭和五七年一二月二七日付けで、更正処分及び過少申告加算税決定処分をし、原告にこれを通知した。
4 原告は右各処分を不服として昭和五八年二月二四日に国税不服審判所長に対し審査請求をした。同所長は昭和五九年五月二三日付けで、一六期の右処分を一部取消し、残余の審査請求を棄却する裁決をした。
5 被告は、原告の一七期の法人税について、昭和六〇年四月一六日付けで、法人税額等を減額する更正処分及び過少申告加算税決定処分をした。
6 右3ないし5の処分、裁決の内容は別表1のとおりである。
7 被告は、原告の昭和五五年三月から昭和五七年一〇月までの源泉所得税について、昭和五八年四月三〇日付けで、納税告知処分及び不納付加算税決定処分をした。右各処分の内容は別表2のとおりである。
8 原告は右処分を不服として昭和五八年七月一日に被告に対し異議申立てをし、これは原告の同意を得て審査請求として取扱われたが、その後裁決がない。
二 本件各処分の理由
本件処分(昭和五九年五月二三日付け裁決又は昭和六〇年四月一六日付け更正処分等により一部取消されたのちのものをいう。以下同じ。)に関する基礎的事実及び処分の理由(原告が不服とする部分に限る。)は、次のとおりである。
1 もえぎ会関係の支出
原告は、その役員及び従業員で構成されるもえぎ会にその費用の四分の三を支出していたが、原告は右支出の時点で、これを原告の損金の額に算入していた。もえぎ会は一六期末、一七期末において費用として支出していなかつた額を有していたところ、その四分の三に当る一六期一六七九万四〇一八円、一七期二四三万二五四四円については、本件法人税更正処分においてその期における原告の損金とは認められなかつた。
もえぎ会は一七期中に、原告の役員三名に対しバカンス表彰金として二四五万円、代表取締役に対し外国旅行費用として二二万五〇〇〇円を支出したが、その四分の三に当る二〇〇万六二五〇円については、被告は本件法人税更正処分において、原告の役員に対する賞与の支払いであるとして、原告の損金とは認めなかつた。
もえぎ会は、昭和五五年三ないし一二月、昭和五六年三月、七、八月、一一月、昭和五七年一月、三ないし一〇月に、原告の従業員に対し、バカンス表彰金を支給した。被告は、その四分の三に当る三八一一万一四〇〇円(各月別には、別表2の各月の支給額より内金額を減じた額、ただし昭和五六年一二月分を除く。)は、従業員に対する原告の給与支払いと解して、本件源泉所得税納税告知処分をした。
2 サーマルプリントヘツドの期末たな卸資産の評価
原告は本件係争年度の時点ではたな卸資産の評価方法として総平均法による原価法を選定して届出ていた。原告は、一七期の法人税確定申告において、サーマルプリントヘツドの製品及び仕掛品の期末たな卸額を、同期末直前二か月間のサーマルプリントヘツドの総製造費用を同期間中の総製造数量で除した額を基準として算定する方法で、二七一八万二八五〇円と評価した。被告は、一七期法人税更正処分において、総平均法による原価法によつて、サーマルプリントヘツドの製品及び仕掛品のたな卸額を四七三九万四七七〇円と評価した。
3 従業員の香港旅行費用の一部負担
原告は、昭和五六年一二月に従業員一七一人が二泊三日の香港旅行をするに際し、一人当りの費用七万七五〇〇円のうち二万円宛の計三四二万円を負担して支出した。被告は、同月分の源泉所得税納税告知処分に際し、これを原告の従業員に対する給与の支払であつて、所得税が課されるべきものと判断した。
4 本件処分のうち、右以外の点にかかわる部分は争わない。
三 もえぎ会関係の支出
1 もえぎ会は、原告の福利厚生活動につき、できる限りこれを社員の自主的運営に任せ、これによつて現場の実状に即した福利厚生政策を実現することを目的として、昭和五四年一月に発足した団体である。
もえぎ会の業務内容の主要なものは、(一)バカンス表彰金制度の運営、(二)運動会の開催、(三)クラブ活動の運営等であり、同会では、各営業所から委員として選出された従業員らが、自主的に右業務内容につき決定のうえこれを運営していた。そして、原告は、法定福利費を除く福利厚生費の大部分を同会に委ねる一方、同会の業務の遂行には参画していなかつた。原告の代表取締役小澤壽一郎又は取締役荒井興八が同会の会議の構成員であつたことはない。
これをバカンス表彰金制度について見れば、同制度は、一定の勤続年数に達した勤務状況が良好な原告の役員、従業員に対し、バカンス表彰金を支給するとともに休暇を与えるものであるが、ある従業員に対し、勤務状況良好として金員を支給するか否か、休暇をどの時点で与えるか等は、すべてもえぎ会において自主的に判断されていたのであつて、原告は同会に対し従業員の勤続状況に関する資料を提出する等の形において関与するにとどまつていた。
2 右のもえぎ会成立の趣旨、その運営状況に照らすと同会は原告から独立した福利厚生団体というべきである。
3 そうすると、(一)原告がもえぎ会に支出した金員は法人税法上、支出の時点で原告の損金と認められるべきであり、(二)原告の役員らに支給されたバカンス表彰金、外国旅行費用は、同会が支給したもので原告が支給したものではない。また、(三)従業員に支給されたバカンス表彰金は、同会が支給したもので原告が支給したものではないから、所得税法上は原告に源泉徴収義務はない。
四 サーマルプリントヘツドの期末たな卸資産の評価
1 原告は、一七期末におけるサーマルプリントヘツドの製品及び仕掛品の評価額を同期末直前二か月間の総製造費用を総数量で除した額を基準とする方法で算定したが、これは次の理由によるものである。
サーマルプリントヘツドは、フアクシミリの印字等に使用される電子部品であり、原告は、昭和五三年から製造を開始したが、製造開始後三年目の本件係争年度においても、試作品、改良品、新製品の開発が激しく、そのための費用負担も大きく、しかも製品の性質上歩留りが悪いということもあつて、適正な原価計算が困難を極める状態であつた。本件係争年度においては、年度前半は殊に、右の費用負担が過大であり、これに総平均法を適用すると、製造原価が販売価格の平均約二倍にも及び、これでは、第一七期において利益が過大に計上されるとともに、翌期においては、売上利益が過少となつて、適正な期間損益を示すことが不可能となる。そこで、原告は、期末二か月間は生産が比較的安定しており、しかも、期末在庫品種もほとんど期末二か月間に生産したものであることに鑑み、右のような評価方法をとつたものである。
2 右のような特殊な事情の下では、原告の用いた評価方法も総平均法として容認されるべきである。
3 仮に、原告の用いた方法が総平均法として認められない場合には、法人税法二九条一項、同法施行令三一条一項により、最終仕入原価法により評価されなければならない。
4 そうすると、いずれにせよ、被告のなしたたな卸資産の評価は誤つている。
五 従業員の香港旅行費用の一部負担
1 本件香港旅行は、二泊三日で、一人当りの費用は七万七五〇〇円であり、原告はそのうち二万円を負担したものである。
2 ある旅行が社会通念上一般に行われていると認められる慰安旅行であるとして、従業員の得た経済的利益が非課税となるのかどうかを決するにあたつて、最も重要な考慮要素は、その受ける利益の程度(金額)であり、その額が福利厚生費として一般に認められる程度の額であれば、非課税とされるべきである。本件旅行に際して従業員の受けた利益は一人当り二万円であつて、この金額が福利厚生費として認められる程度の額であることには疑問の余地はない。
さらに、本件旅行の日程は二泊三日であり、行先は比較的近距離の香港である。しかも一人当りの費用額は七万七五〇〇円にとどまるのであつて、このうちの二万円を原告が負担したにすぎないのである。
これらいずれの点からみるも、本件旅行が慰安旅行として社会通念上一般に行われているものと当然に認められるべきである。
3 かつては海外への旅行者の数も少なく、海外旅行は未だ特殊な旅行ではあつたが、本件当時までに、国民の所得水準の向上、国際社会の進展、自由時間の増大、パツケージツアーの普及等により、海外旅行者の数は増大して来ている。このような事情の変化をも考慮すると、旅行先が海外であることだけを理由に、課税利益と解するのは相当ではない。
4 以上の点を考慮すると、本件旅行費用の一部負担はレクレーシヨン費用として、課税しない経済的利益に該当する。したがつて、これにつき原告に源泉徴収義務があるとしてされた部分の納税告知処分は違法である。
六 結論
以上三ないし五のとおり、本件の法人税更正処分及び過少申告加算税決定処分、源泉所得税納税告知処分及び不納付加算税決定処分のうち、右二に関する部分は違法であるから、前記第一のとおりの判決を求める。
第四被告の認否と主張
一 請求原因一の事実は認める。
二 請求原因二の事実は認める。
三 もえぎ会関係の支出
1 もえぎ会は、次のとおり、原告から独立した団体と認めることができない(法人税基本通達一四―一―四、五)。
(一) もえぎ会の運営資金は、原告が役員及び従業員の各本給の三パーセント相当額を、役員、従業員がその一パーセント相当額を各々負担している。すなわち右原告の負担金額相当部分は、同会の運営資金の四分の三に達しており、運営資金の大部分を負担しているのであるから、同会が資金的に原告から独立しているとはいえない。
(二) もえぎ会の運営については、本件係争各事業年度を含む昭和五四年から昭和五七年ころ、原告の経理及び総務等を統轄する管理部門担当の役員であつた荒井興八は、原処分調査時、原告の各事業所で選出された運営委員としての厚生委員が運営委員会を開催して運営している旨供述し、また、その際当該運営委員会の議事録として提出された全社厚生委員会の議事録の写しによると、右委員会において、もえぎ会の運営についての会議がなされていることが明らかであることからすれば、もえぎ会の意思決定機関は全社厚生委員会であるというべきである。
そして、右議事録によれば、右委員会には原告の代表取締役である小澤壽一郎及び右荒井興八が、いずれも原告の事業所において選挙で選出された委員とは別に、原告の指導的役職にある者として原告を代表して出席し、かつ、右役職あるいは立場に基づき「もえぎ会」の運営方針について指導的な発言をしていることが明らかである。
したがつて、もえぎ会の運営方針を決定する際には、原告が指導的立場で参画していたというべきであるから、同会が運営的にも原告から独立しているとはいいがたい。
(三) もえぎ会の中心的な事業というべきバカンス制度の規約は、社命により海外出張した者には海外旅行券は支給しない旨規定し、当該制度の適応資格を出勤率により制限し、また、ボーナスの金額も当該制度の対象者の基本給を基礎とする旨規定している。
右のとおり、右規約には、もえぎ会の中心的事業において従業員の原告における勤務の内容、状況及び成績並びに一般的に会社での地位及び資格等により左右される給与額に関連させた各条件が設定されている。
右バカンス制度においては、原告従業員にバカンスに要する休暇を与えるというものであるが、右制度の適用資格の取得には、原告の総務担当取締役である荒井興八がその決定責任者として関与している。一般的に雇用関係において従業員に通常の休暇以外の休暇を与えることは、使用者の意思によるというべきものであり、従業員に休暇を与えるかどうかは、使用者たる原告の意思と全く離れて決定しうる事項でないことは明らかである。
したがつて、右制度が原告及び従業員の勤務状況と深く関連して運営されている以上、原告が同会の運営に参画しているというべきである。
2 右のとおりもえぎ会は原告から別個独立した団体とみることはできないので、その損益のうち原告負担部分は原告の損益となる。
そうするともえぎ会の一六期及び一七期の各期末残高のうち、原告負担部分である四分の三の額はいまだ債務が確定しない費用であり、法人税法二二条三項二号かつこ書きにより、原告の各期の損金の額に算入すべき金額から除かれることになる。
3 もえぎ会が原告の役員に支給したバカンス表彰金及び外国旅行費用は、もえぎ会が原告から独立した団体ではない以上、その四分の三は原告が支給したものと解される。そしてこれは法人税法三五条四項の役員賞与に該当するから、同条一項により原告の所得の計算上、損金の額に算入されない。
4 もえぎ会が原告の従業員に支給したバカンス表彰金のうち四分の三の額は、右同様に、原告が支給したものと解される。そしてこれは従業員に対する臨時的給与であるから、所得税法一八三条により原告には源泉所得税が賦課される。
四 サーマルプリントヘツドの期末たな卸資産の評価
1 原告は、期末たな卸資産の評価方法として総平均法を選択して届出ていたが、一七期末のサーマルプリントヘツド製品及び仕掛品の評価にあたり採つた方法は、期末直前二か月間の総製造費用を同期間中の総製造数量で除した額を基準とする方法であつた。
総平均法によると、その計算方法は、当該事業年度の全期間を通しての平均値を算定する方法であるべきところ、原告の採つた方法は期末二か月間の平均値を算定しており、計算の基礎となる対象の期間が相違する点において計算方法を誤つたものというべきである。
期末たな卸資産の評価方法には種々の方法が存するが、評価方法が異なれば、評価額にも差異が生じ、所得金額も異なつて来る。このため法人が評価方法を変更すれば、利益操作ができることになる。したがつて、法人の恣意的な利益操作を排除し、適正な原価計算及び適正な期間損益計算をするためには、各期とも継続して同一の方法により期末たな卸資産の評価がされなければならない。
ところが、原告は一七期については期末二か月間の平均で、一六期については期末六か月の平均で、一五期には事業期間全体の平均で評価し、毎期ごとに異なる計算を採つており、これでは適正な原価計算及び適正な期間損益計算はできない。
原告は、サーマルプリントヘツドの生産数量等を、期末二か月だけでなく事業年度全体についても把握しており、法人税法施行令二八条一項一号ニに定める総平均法による評価をすることのできる資料を有していた。
それで被告は、原告の計算の誤りを是正して、その届出た総平均法により別表3のとおりたな卸資産の評価をした。この部分の法人税更正処分には違法な点はない。
2 原告のたな卸資産の評価は、その計算の基礎となる対象期間が相違する点で計算方法を誤つているが、総平均法には従つていると解することができるから、法人税法二九条一項かつこ書、同法施行令三一条一項により最終仕入原価法により評価すべき場合には該当しない。
五 従業員の香港旅行費用の一部負担
1 本件香港旅行が実施された当時の原告の従業員数は約四五〇名程度であるところ、当該旅行の参加従業員数は一七一名であるにすぎず、また、当該旅行の一人当たりの費用七万七五〇〇円のうち原告は二万円を負担しているだけである。
本来、従業員の慰安旅行等のレクレーシヨンは、社内の親睦・融和を図る等の目的で、当該使用者の従業員たる地位により、使用者から恩恵的に参加資格を与えられ、また原則的に従業員全員が等しく参加できるものであり、かつ、全員参加に近い形で実施されており、また、一般的には、その慰安行事は簡易なものであるので参加従業員の趣味嗜好の違いにより必ずしも参加者全員の希望を十分に満たすものばかりとはいえないのが実情であろう。
この点からみると、本件香港旅行は、単に会社の一部参加希望者が、当該旅行費用の大部分を自己負担して参加したものであり、一般的に行われている社内の慰安旅行とはいえないものである。
2 今日、企業がその従業員の親睦や労働意欲の向上を目的としてレクレーシヨン行事を行うことは広く一般化しているといえるので、所得税基本通達(三六―三〇)は、当該レクレーシヨン行事が社会通念上一般的に行われている程度のものと認められる場合に限つて例外的に課税しなくて差し支えない場合を認めている。
本件香港旅行が右社会通念上一般的に行われているか否か判断する際の社会通念とは、単なる個人の海外観光旅行や新婚旅行としての海外旅行が世間一般的に行われているかどうかと同一の次元で論ずべきではなく、使用者が社内の親睦・融和を図り、従業員の勤労意欲を向上させ、事業を円滑に遂行する目的で行なう社内行事である従業員の慰安旅行としての海外旅行が一般的に行なわれているかどうかという観点から論ずべきである。
本件当時、従業員の慰安旅行としての海外旅行は、未だ一般的となつていなかつたことは明らかである。本件香港旅行が実施された昭和五六年、当時日本の総人口約一億一七〇〇万人のうち観光目的の海外旅行者の総数は約三三三万九〇〇〇人で、総人口に占める海外旅行者数の割合は約二・八五パーセントであるにすぎない。また、右海外旅行者数は延人員であり一人で数回出国した者も含まれているのでその実人員でみれば右総数より少なくなる。右観光目的の海外旅行は、個人旅行すなわち従業員の慰安旅行以外の海外旅行が大部分であると考えられる。そうすると、従業員の慰安旅行としての海外旅行者数の実人員は総人口に占める海外旅行者数の割合である右二・八五パーセントより相当に低くなるものと考えられるから、従業員の慰安旅行としての海外旅行が一般化していたとはいえないことが明らかである。
3 以上の点を考慮すると、本件香港旅行の一部費用負担は、課税されるべき給与所得に該当するから、原告には源泉徴収義務があり、これについてされた納税告知処分は適法である。
六 以上三ないし五のとおり本件処分は適法であるから、原告の請求は棄却されるべきである。
第五証拠<省略>
理由
第一当事者間に争いがない事実
請求原因一のとおり、更正処分、納税告知処分その他の税務手続がとられた事実、請求原因二のとおりの基礎事実が存し、本件処分が理由として判断したことは、当事者間に争いがない。
第二もえぎ会関係の支出
一 成立に争いのない乙三号証の一ないし五、乙四号証の一ないし三、乙七号証の一ないし四及び乙一六号証、証人荒井興八の証言、並びに弁論の全趣旨によれば、次の事実を認めることができ、この認定を覆すに足る証拠はない。
1 もえぎ会は、原告の従業員、役員の全員を構成員とし、これらの福利厚生を目的として、昭和五四年一月に発足した団体であつて、バカンス制度の運営、運動会の開催、クラブ活動の運営などの事業を行つていた。
2 もえぎ会は、本件係争年のころにおいては、法人格はなく、運営等の基本事項に関する規約を持たず、代表者や会長の定めもなかつた。
3 もえぎ会の運営は、右のころには、各事業所から選出された者のほかに、代表取締役小沢壽一郎と管理部門担当取締役荒井興八の出席した会議で相談のうえ決定されていた。これら出席者のうち誰が決議権を持つかについての規約はなかつた。この会議は昭和五五年五月ころには厚生委員会と名付けられた。この会議ではもえぎ会に関する事項だけではなく、従業員の福利厚生に関する事項も一緒に話合われた。原告においては、従業員により組織される労働組合が存しなかつたこともあり、従業員と意見を交換できる会議としてこれを重視し、各回とも原告の取締役が原告を代理、代表する者として出席していた。
4 もえぎ会は、昭和五四年以降毎月、原告からその従業員及び役員の本俸の三パーセントに当る額を、従業員及び役員からそれらの本俸の一パーセントに当る額を受け入れ、これをその事業の費用に充てて来た。つまり原告はもえぎ会の費用のうち四分の三を負担していた。
5 もえぎ会は、その支出金のうち、バカンス制度運用のために、一六期には七五パーセント余、一七期には八六パーセント余の費用を支出していた。
6 もえぎ会の行つていたバカンス制度とは、(一)入社後五年、(二)一〇年、又は(三)一五年を経過し、その間の出勤率が九八パーセントを超えるもの、又は(一)出勤日数が一六〇〇日、又は(二)三三〇〇日を超える者に対し、(一)三日間の休暇と本給一か月相当分の表彰金、(二)七日間の休暇、本給三か月相当分の表彰金と二〇万円相当の海外旅行費、(三)五日間の休暇と本給一か月相当分の表彰金を与える、ただし、社命によつて外国出張をしたことのあるものには、海外旅行費を与えない、というものであつた。このようなバカンス制度は、昭和五三年までは、原告が直接に行つていた。
7 もえぎ会のバカンス制度による休暇、表彰金、旅行費支給は、該当の従業員、役員よりバカンス取得申請書を提出させ、原告の各事業所又は本社において前記6の要件を充たしているかを調査のうえ、本社勤務の者については原告の担当取締役が、工場勤務の者についてはその工場長が、その他事業所勤務の者については事業所の長が決定責任者として、休暇の日数、時期、表彰金額を決定していた。
8 もえぎ会の会議は原告の施設を用いて行われ、その事務的な事項は原告の職員が担当していた。
二 以上認定のとおり、もえぎ会は、その収入の四分の三を原告に依存しているが、その組織に関する規則を持たず、代表者さえ定められていない状況であつて、その事業は原告代表者ほかの役員が出席した会議で相談のうえ決定されていたものである。そして、もえぎ会の費用の大部分が支出されるバカンス制度は、もともと原告が直接に行つていたものであり、その内容とする休暇の付与は使用者である原告以外の行えるものではなく、現に原告の取締役、工場長などが、決定責任者として、バカンス制度による休暇付与、表彰金支給の決定をしているのである。
これらの点を考慮すると、もえぎ会は原告から独立した団体とは言うことができず、そのように認めるに足る証拠はない。
三 そうすると、原告がもえぎ会に支出した金員のうち、もえぎ会が係争年中に支出しなかつた金額、一六期分一六七九万四〇一八円、一七期分二四三万二五四四円は、法人税法上は原告の同期中に支出した経費と解することはできないし、もえぎ会が一七期中に原告の役員三名に支出したバカンス表彰金及び代表取締役に支出した海外旅行費用(バカンス制度のうち海外旅行費と解される)のうち、四分の三に当る計二〇〇万六二五〇円は、原告が役員に支給したものであつて、法人税法上は、その性格は賞与と解すべきであるから、原告の経費とすることはできない。更に、もえぎ会が原告の従業員に支給したバカンス制度による表彰金のうち、四分の三に当る三八一一万一四〇〇円は、所得税法上は、原告が従業員に支給したものであつて、その性格は給与の支払と解すべきである。
もえぎ会関係の原告の主張は理由がない。
第三サーマルプリントヘツドの期末たな卸資産の評価
一 次の1、2、4の事実は当事者間に争いがない。3の事実は原告において明らかに争わないから自白したものとみなす。
1 原告は本件係争年度の時点では、たな卸資産の評価方法は、総平均法による原価法を選定して届出ていた。
2 原告は一七期の法人税確定申告において、サーマルプリントヘツドの製品及び仕掛品の期末たな卸額を、同期末直前二か月間のサーマルプリントヘツドの総製造費用を同期間中の総製造数量で除した額を基準として算定する方法で、二七一八万二八五〇円と評価した。
3 法人税法施行令二八条一項一号ニに定める総平均法の方法により原告の一七期末の右たな卸資産の評価をすると四七三九万四七七〇円となる。
4 被告はサーマルプリントヘツドの製品及び仕掛品の一七期末たな卸資産評価額を総平均法により右3の額と判断して更正処分等をした。
二 原告はたな卸資産の評価につき総平均法によることを選定し届出ていたものであるが、一七期の法人税確定申告において採つた右一2の方法は明らかに総平均法とは異なる方法であつて、原告は選定した評価の方法により評価しなかつたものというべきである。
法人税法施行令二八条一項一号ニの総平均法とは、「………当該事業年度開始の時において有していた………たな卸資産の取得価額の総額と当該事業年度において取得した………たな卸資産の取得価額の総額との合計額をこれらのたな卸資産の総数量で除して計算した価額をその一単位当りの取得価額とする方法」である。ところが、原告が確定申告に際し採つた評価の方法は、まず、事業年度開始の時において有していたたな卸資産の取得価額の総額とその数量を全く考慮していない点で、総平均法の基本的な原則に従つていないから、これをもつて総平均法ということは到底できない。そのうえ、当該事業年度において取得したたな卸資産のうちでも、期末直前二か月間に取得したもの以外は一単位当りの取得価額の算出上考慮していない点でも、異なつている。
被告は、原告のたな卸資産の評価は、総平均法に従つたものであつて、その計算を誤つたものにすぎないと主張する。しかし、原告の採つた評価方法は右判断のとおり総平均法とは全く異なるものであつて、成立に争いのない乙六号証及び証人美和武志の証言によれば、原告は申告において前記評価方法を意識的に選んで採用したものと解せられ、原告が評価にあたり総平均法を適用しながら、その加減乗除の計算を誤つたというものではないから、原告は総平均法により評価したということはできない。
三 原告の一七期未のたな卸資産の価額は、原告が選定した評価の方法である総平均法により評価しなかつたから、法人税法二九条一項、同法施行令三一条一項により、同令二八条一項一号トに定める最終仕入原価法により評価した金額となる。
被告は、たな卸資産の評価については、企業の恣意性を排除するために、各期とも同一の方法によるべきであると主張し、これも選択可能な一つの政策ではあると思われる。しかし、法は明文をもつて、内国法人が選定した方法により評価しなかつたときは、最終仕入原価法により評価することを定め(但し、同法施行令三一条二項に該当する場合を除く。)て、この限度で期により評価方法が異なることを許容しているのであつて、この法規の適用を排除すべきものではない。
被告は、原告が総平均法により評価することのできる資料を有していたと主張するが、そのことは前記法規の適用を排除する事由となるとする明文の規定は存しないし、そのように解すべき理由もない。
四 原告の一七期末におけるサーマルプリントヘツドの製品及び仕掛品のたな卸資産を最終仕入原価法により評価した金額については、被告において何の主張、立証もしない。(なお、最終仕入原価法による評価額は、総平均法による評価額よりも、原告が採つた方法による評価額の方に近いものと解される。)
そうすると、原告の一七期の法人税について被告のした更正処分には、たな卸資産の評価方法を誤り、これにより所得金額を二〇二一万一九二〇円過大に認定した違法がある。
第四従業員の香港旅行費用の一部負担
一 次の1、4の事実は当事者間に争いがない。その余の事実は成立に争いのない乙二号証及び乙一九号証、並びに弁論の全趣旨により認めることができ、この認定を覆すに足る証拠はない。
1 原告は昭和五六年一二月に、従業員一七一人が二泊三日の香港旅行をするに際し、一人当りの費用七万七五〇〇円のうち二万円宛の計三四二万円を負担して支出した。
2 右の香港旅行は、原告の社内の親睦を図り、従業員の勤労意欲を高めることをも目的として行われたレクレーシヨンであつた。
3 原告のその当時の従業員数は約四五〇人であつた。
4 被告は、右1の支出を、従業員に対する給与の支払であつて所得税が課せられるべきものと判断し、同月分の源泉所得税の納税告知処分をした。
5 所得税法基本通達三六―三〇は、「使用者が役員又は使用人のレクレーシヨンのために社会通念上一般的に行われていると認められる会食、旅行、演芸会、運動会等の行事の費用を負担することにより、これらの行事に参加した役員又は使用人が受ける経済的利益については、使用者が、当該行事に参加しなかつた役員又は使用人(使用者の業務の必要に基づき参加できなかつた者を除く。)に対してその参加に代えて金銭を支給する場合又は役員だけを対象として当該行事の費用を負担する場合を除き、課税しなくても差支えない。」としており、被告その他の税務署長は右通達に従つている。
二 本件での原告の旅行費用負担額は二万円にすぎない。この額は当時に企業において費用を負担し、従業員の慰安旅行として一般に行われていた一泊二日の旅行費用と同じ程度であることは明らかであつて、慰安旅行について使用者がこの程度の額の負担をすることは、社会通念上一般に行われていたところと解される。
そのうえ、この旅行は、自己負担金もあるのに従業員の約四割もが参加したものであり、しかも近いとはいえ外国であるから、慣れた国内の旅行に比してレクレーシヨン、慰安としての効果も大きく、労働者の勤労意欲を高めるのにも有効であつたというべきである。
この点を考慮すると、右の二万円宛の旅行費用一部負担は従業員に対する給与の支払として所得税法上課税の対象となるものではないと解される。
被告は、従業員の慰安旅行費の使用者負担は、その旅行先が外国の場合には、従業員に対する給与の支払として、所得税が課されるべきであると主張する。しかし、外国旅行は、昭和五六年当時すでに特殊な人だけのものではなく大衆化して来ており、その費用も国内旅行より低廉な場合もある(例えば、門司より韓国の釜山への旅行)し、国内旅行以上にレクレーシヨンとしての効果が大きく、従業員の勤労意欲を高める面も強いことを考えると、使用者の負担した費用が外国旅行費であるというだけで、国内旅行費と全く異なつた取扱いをするのは相当ではない。前述のとおり、本件において、原告の負担した額は一人につき二万円であつて、使用者がレクレーシヨン旅行の費用としてこの程度の額の負担をすることは、社会通念上一般に行われており(この点で、昭和五〇年に一人当り一八万六五〇〇円ものハワイ旅行の費用を負担した事案である岡山地昭和五一年(行ウ)第六号同五四年七月一八日判決・行裁集三〇巻七号一三一五頁とは異つている)、本件香港旅行はレクレーシヨンとして勤労意欲を高める効果もあつたのであるから、この費用の負担が、旅行先が外国であるとの理由で、給与の支払いとして課税の対象となるというべきではない。
三 そうすると、昭和五六年一二月分の源泉所得税納税告知処分のうち、本件香港旅行費用一部負担に関する部分、及び不納付加算税決定処分は違法である。
第五結論
以上判断のとおり、原告に対する一七期の法人税更正処分及び過少申告加算税決定処分(再更正処分等により減額後のもの)のうち、右第三に対応する部分、すなわち所得金額四億九五五五万一五一九円を超える部分、並びに昭和六〇年一二月分の源泉徴収所得税告知処分及び不納付加算税決定処分のうち右第四に対応する部分、すなわち源泉徴収所得税告知処分のうち税額四万一一〇〇円を超える部分及び不納付加算税決定処分の全部は、違法であるから取消すべきであるが、その余の本件処分は適法であるから原告のその余の請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき行訴法七条、民訴法九二条本文を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 井関正裕 武田多喜子 長久保尚善)
別表1~3<省略>